作品紹介

プロローグ

激動の時代を生き抜くためのパワーをもとめて

幕末、人々の関心は奇怪、凄惨、エロティックといったものに向かいました。縁日の見世物で人気を博した化物細工等の作り物やグロテスクな生人形(いきにんぎょう)、情念を内にたたえた人物画、説話などにもとづき凄惨な一場面を極彩色で描き出した錦絵が注目を集めました。人々はこうした表現を目にすることで、激動の時代を生きる不安を解消し、作品が放つ強烈なエネルギーから生きるための力さえ得ていたと言えましょう。

河鍋暁斎《地獄極楽図》
河鍋暁斎《地獄極楽図》
明治時代(19世紀) 東京国立博物館 
Image: TNM Image Archives
月岡芳年《「魁題百撰相」のうち辻弥兵衛盛昌》
月岡芳年
《『魁題百撰相』のうち 辻弥兵衛盛昌》
明治元(1868)年
町田市立国際版画美術館
第二章

花開く個性とうずまく欲望のあらわれ

明治以降、西洋からの影響はありとあらゆる方面に及び、個性、自由の尊重という新しい思潮により人々の価値観も大いに変化しました。人間の心の奥底に潜んだ欲望は赤裸々になり、美しいものや醜いものとしてさまざまな形を借りて表されるようになりました。それを見る側もまた、自分の心の中にある欲求や願望をそこに重ね合わせました。ここではいくつかのキーワードを手がかりに、こうした表現に目を向けてみます。

アルフォンス・ミュシャ《ジョブ》藤島武二《鳳(与謝野)晶子『みだれ髪』(東京新詩社、明治34年)装禎》
アルフォンス・ミュシャ《ジョブ》
1898年 三浦コレクション
川崎市市民ミュージアム
藤島武二
《鳳(与謝野)晶子『みだれ髪』
(東京新詩社、明治34年)装幀》
明治34(1901)年 明星大学
ニノ一

愛そして苦悩ーー心のうちを歌う

恋愛の喜びを率直に謳い上げることは、近代という新しい時代ならではの現象と言えるでしょう。恋に限らず、生への渇望、死に対する怖れといった、自分自身の体験にもとづく個人的な感情をはばかることなく表に出すようになったのもこの時代のことです。ですが美術家達はこうした心の内を赤裸々に語ることはありません。絡みつくようにうねる草花、登場人物の意味深げな身振りや視線… 。そこには何が込められているでしょうか。

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ《マドンナ・ピエトラ》
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ
《マドンナ・ピエトラ》
1874年 郡山市立美術館
田中恭吉 《冬畠夏草》
田中恭吉 《冬蟲夏草》
大正3(1914)年 和歌山県立近代美術館
ニノニ

神話への憧れ

現実からはるか彼方、神話やいにしえの世界を描き出した絵画があります。明治という新しい時代に新しい表現を求め、何をどう描くか、多くの画家が模索しました。フィクションの世界に自分自身の空想や理想を込めたこれらの作品は、個性や自由を重んじる時代を先取りする存在だったと言ってよいでしょう。

青木繁《大穴牟知命》
青木繁《大穴牟知命》
明治38(1905)年 石橋財団アーティゾン美術館
(旧ブリヂストン美術館)
(東京会場のみ出品)
ニノ三

異界との狭間で

明治中頃から出現した耽美主義、幻想主義文学、そして古くから伝わる説話には、登場人物が人里離れた場所で不思議な体験をする話、人魚のような空想の生き物が登場したり、普通では持ちえない能力を持つ者が人を惑わせたりする話等があります。物語の挿絵に描かれるこうした存在は、ただならぬ妖艶な雰囲気を伴い描き出されています。

鏑木清方《妖魚》
鏑木清方《妖魚》
大正9(1920)年 福富太郎コレクション ©Akio Nemoto 2020/JAA2000199
橘小夢(たちばなさゆめ)《安珍と清姫》
橘小夢《安珍と清姫》
大正末頃 弥生美術館
ニノ四

表面的な美への抵抗

製品の広告に大衆的な美人が多く使われ、絵画でもそのような「美人画」が目につくようになった明治後半以降、この動きに対抗して単なる美女とは異なる表現が新たに生み出されました。血の通った、作品によってはグロテスクな生々しさをも感じさせる女性の描写には、日々の生活による疲弊、社会的地位の低さに対する悲哀といった現実に眼を向けたものもある一方、生命の源としての聖性のような、女性に対する理想を込めたものも確認できます。

甲斐庄楠音《横櫛》
甲斐庄楠音《横櫛》
大正5(1916)年頃 京都国立近代美術館
北野恒富《淀君》
北野恒富《淀君》
大正9(1920)年 耕三寺博物館
ニノ五

一途と狂気

古くから親しまれてきた説話、歌舞伎や浄瑠璃などの古典芸能のワンシーンを絵画化したものから、同時代に生まれた小説の挿絵まで。物語の筋が大転換を迎え登場人物の一途な感情が狂気に変化した時の相貌は凄絶です。しかし同時に美しさも感じられるのは、人物の純粋な感情を細やかに掬い上げようとする描き手の意識を映し出しているからだと言えましょう。

北野恒富《道行》
北野恒富《道行》
大正2(1913)年頃 福富太郎コレクション
上村松園《焔》
上村松園《焰》
大正7(1918)年、東京国立博物館
(東京会場のみ出品)
Image: TNM Image Archives
エピローグ

激動の時代を生き抜くためのパワーをもとめて

大正12(1923)年の関東大震災を境に社会構造は大きく変化しました。都市では女性の働く場所が増え、洋装の男女が娯楽や自由恋愛を楽しみました。他方、急激な社会の変化は人々に精神的な疲弊をもたらしたことも事実です。彼らが日常に刺激を求めたことで、探偵・怪奇小説が支持され、エロティック、猟奇的でグロテスクなものを扱った出版物が大ブームとなりました。これらに見られる図像は、モダンで退廃的な雰囲気に満ちています。

河鍋暁斎《地獄極楽図》
小村雪岱
《刺青(邦枝完二「お傳地獄」挿絵原画
(『名作挿画全集 第1巻』(平凡社、昭和10年)のための))》
昭和10(1935)年 埼玉県立近代美術館
河鍋暁斎《地獄極楽図》
高畠華宵
《『少女画報』大正14年8月号 表紙》
大正14(1925)年
弥生美術館
のついた作品は会期中
展示替えを予定しています